宿の内儀を初め四五人の人が其処の廊下に並んで突つ立つてゐる。宵の口の小学校教師のむつかしい顔も見えた。自(おのづ)からときめく胸を抑へてわたしは其処へ行つた。と、またこれはどうしたことぞ、其処は大きなランプ部屋であつた。さまざまなランプの吊り下げられた下に、これはまたどうした事ぞ、わが親友は泰然として坐り込んでゐたのである。 「どうもこのランプ部屋が先刻からがたがたといふ様だものですから、いま来て戸をあけて見ましたらこれなんです、ほんとに妾はびつくりして……」 内儀はたゞ息を切らしてゐる。怒るにも笑ふにもまだ距離があつたのだ。 わたしとしても早速には笑へなかつた。先づ居並ぶ其処の人たちに陳謝し、サテ徐ろにこの石油くさき男を引つ立てねばならなかつた。 十月三十一日。 早々に小淵沢の宿を立つ。空は重い曇であつた。 宿屋を出外れて路が広い野原にかゝるとわたしの笑ひは爆発した。腹の底から、しんからこみあげて来た。 「どうして彼処に這入る気になつた」 「解らぬ」 「這入つて、眠つてたのか」 「解らぬ」 「何故戸を閉めてゐた」 「解らぬ」 「何故坐つてゐた」 「解らぬ」 「見附けられてどんな気がした」 「解らぬ」